15歳男児意識不明の重体 大阪

虐待内容:身体的虐待・ネグレクト
発生日:2002年6月~2003年11月2日
ところ:大阪府岸和田市
子の年齢:15歳
性別:男
子の状態:期間の飢餓状態がもとで、脳に重い障審が認められ、回復が困難な状態。

虐待した人(続き柄):父と継母(父の長男)
年齢:40歳と38歳
職業:トラック運転手
容疑:殺人未遂容疑
逮捕の日:2004年1月25日
虐待の状況:中学3年の長男(15)が暴行や食事を与えられないどの虐待を受けて、約3カ月間にわたって衰弱したまま放置された。長男は、2003年11月2日、「死亡した」と考えた実父が119番通報した。長男は事件前には41キロあった体重が保護時には24キロにまで減少し、衰弱が著しく意識不明。当初、父、連れ子である長男(15)と二男(14)、継母(38)とその連れ子(15)の5人で生活していた。後に、二男は、エスカレートする虐待のために、実母のところに逃げた。はじめ、長男と二男の兄弟は、継母の実子(15)と3人で同じ6畳洋間で一緒に寝起きしていた。虐待は、2002年6月ごろから、「トイレを汚した」「服が汚い」など生活上のささいなことを理由に継母が始めた。2人を向かい合わせて終日正座させ、正座を解いた相手を殴らせる、食事は2、3日に1回程度与えられるなど、実子の目前で激しい虐待が綴り広げられた。たまりかねた実子が「こんな部屋では寝られない。部屋を変えて」と懇願し、兄弟と別の部屋に移ったという。日常的に虐待を加えていたのは継母だった。継母は、気に入らないことがあると、たばこの火を押し付けたり、入浴後の風呂水に顔を突っ込むなどして虐待。さらに、夜中に無理に騒ぐよう強制するなどして、父から暴力を受けるよう仕向けていた。耐えかねた兄弟2人は3、4回にわたり、父方の祖父母宅に逃げたが、そのたびに父らに連れ戻され、激しい虐待を受けた。 祖父母宅で兄弟は「食事を十分に食べさせてもらえない」などと訴えることもあったが、父は祖父母に対し「こいつらはうそつきやから信用するな」などと説明していたという。2002年10月ごろから学校を長期欠席するようになった。二男が最終的に逃げ出したのは2003年6月。この時もこれまでと同様、「一緒に逃げよう」と何度も長男を誘ったが、長男は行動を共にしなかった。度重なる虐待による恐怖感から、逃げ出せない状況に陥っていた。1人で逃げた弟は、たまたま実母の親族に出会ったことがきっかけで実母に保護された。この逃走を機に、残された長男ヘの虐待が一層強まり、長男は激しく衰弱して立ち歩けない状態となった。2003年7月上旬、3年生になった長男の進路に関する相談のため、校長と継母が面談。校長が長期欠席に触れたところ、継母は「体調が悪くてまだ学校には行けませんが、元気です」などと明るい表情で話したという。しかし、このころ、長男は虐待を受け、既に寝たきりに近い状態だった。食事を数日に1食程度しか与えられず、2003年8月からは飢えなどのため立つことすらできなくなったが、長男はそのまま放置された。

家族構成:父、継母、父の長男、父の次男(14)、、継母の連れ子(15)の5人暮らし。後、父の次男は実母のところに逃げた。
その他:虐待には、近所の人も気付いていて、同じマンションの住人の男性は
「寒い冬の未明、薄着のまま屋外に立たされていた長男を何度も見たが、しつけと思い注意しなかった」周囲の部屋には長男が「ごめんなさい」と泣き叫ぶ声が響き、住人の中には異様な雰囲気に嫌気がさし、引っ越した人もいるという。長男が通っていた中学校では、髪が伸び放題になったり、やせて顔色が悪くなるなど″SOS″の兆候があった。同校の校長は「担任が声をかけたところ、継母から『なんでそんなことを聞くんや。うちで虐待でもしてると思ってるのか』とすごまれ、担任が謝罪するはめになった」と説明した。府岸和田子ども家庭センター(児童相談所)の所長は「虐待と疑った理由などを掘り下げて聞くべきだった。学校との連携不足は感じている」と話した。
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by tatata24 | 2004-01-26 20:50 | 大阪府
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by tatata24
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